2009年4月17日 (金)

草地のある景観

日本は湿潤なため、多様な生物が密度高く生きていくことができる、世界にもまれな非常に豊かな土地柄を誇っています。だから、人間が意図的に管理しない限り、多種多様な植物が茂り、動物が生息することになります。これが、雑草に悩み、鳥獣害に苦しむ原因にもなっているのです。

逆に、草地のように限られた植物だけが茂るように管理するには、乾燥地のように条件の厳しいところのほうが容易であるともいうことができます。もちろん、そこに適した種はかなり限られるでしょうが。

それで、北海道は別にして、日本は全国的に草地の分布が広くありません。米を求めて水を導いてできるだけ広大な水田を拓いてきた歴史も大きく関与していると考えられます。そういう中で、広島県の、特に県北には草地が比較的あちこちに見られます。放牧をしているところは多くはないのですが、その多くは牛を中心とする畜産や酪農に関係しているようです。

この時期は牧草地がさわやかです。少し気分転換のために出かけてみませんか?

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2009年4月 9日 (木)

環境にやさしい森づくり

「森林を守り育てる」行動が、最近の重要なキャッチフレーズとしてあちこちで使われています。

そのためには現在の森林の木をどのように評価して、どのように扱い、どのような経過をたどって、どのような森に仕立て上げていくのか、が、問題になります。場合によっては、なかなか理解されないのですが、木を切らないことよりも、木を切ることのほうが森を守ることにつながるケースも有り、すばらしい森の形成には正しい、真の理解が必要だと思います。

それで、「誰が正しく理解しているか」ですが、林業に携わっている人でも、最近のように収支が取れなくなれば、「いかにして経営を維持するか」を最優先にするので、森や山をいじめることも仕方がないと思うのかもしれません、かなり厳しい現場を目にすることがあります。

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もちろん、林業経営者は林業のプロですから、森のことを良く知っていると思います。技術的には最先端を行っていると考えてよいでしょう。でも、「良い森を育てる」という目的からすれば、必ずしも最善の人々とは言えず、これが話をややこしくしています。

最近の森林税などの使い道として、「森づくり」が重視され、その担い手として地域の林業関係者が期待されているのですが、上に書いたような理由から、そのおもわくから大きく外れて、「森づくり」の事業が停滞している事情があります。

そのほかにもいろいろと課題が見つかります。森林所有者が自分の森林に興味を示さないというのも大きな課題です。所有者の理解が得られなければその森を良くする取り組みが実行できないからです。この一連の問題は当分、ちぐはぐな状態が続くと思います。本気で、何とかしなければなりません。

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2009年4月 6日 (月)

「どうして」の中身

ものごとの”理由”には大きく二とおりの位置づけが有るようです。一つは原因から結果までのプロセスを考え、もう一つは自分が納得できるかどうかを考えます。ひとはこの二つを適当に使い分けているのですが、対話の中でこれが混在すると通じにくくなります。

「どうして食べなきゃいけないの?」と問われて、”代謝分の補給”と答えるか”生きるため”と答えるかの違いですね。禅問答でもこのすれ違いが取り上げられていると思います。場合によっては「発想の転換」として有効ですが、政治家の答弁に出てくると「はぐらかしの手段」になっていたりします。

農業や環境を考えることが多いのですが、この分野の”価値”に関しては、二つが大きな障害になることが少なくありません。自然生態系を守ることに、経済関係者の多くが熱心ではありません。里山という言葉に代表される伝統的な農業に一種の憧れを抱く人でも、農業経営の実情を見ようとはしていません。「どうして」は自分に関してだけ重要で、他の人や生き物のために「どうして」を考える人は多くない - ということのようです。

大学で基礎科学の分野が居心地の良くない状態になってきています。科学は「どうして」を考え続けて進歩し、かなり「わかってきた」ことも多いのですが、勘違いで、「まだまだわかっていない」ということが知られていない のです。だから、今日の役に立たない基礎科学は、もう、「いらない」と言わんばかりの扱いです。まして、「科学的に説明できない価値」は見向きもされません。

農業の関連で言えば、コメを作るのか、イネを育てるのか、ご飯を食べられるようにするのかの違いです。それぞれに見方が有って、それぞれに価値観が異なるわけです。どれかが正しくどれかが間違っているわけではありません。どれも、大切なのです。でも、たとえば、農業経営しか見ていなければ、このうちどこかに”見えなくなる部分”ができてしまうかもしれませんね。

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2009年4月 3日 (金)

春は光に

明るい春が動き始めています。昼の長さが今くらいになると戸外の活動が楽しくて、お互いに声を掛け合うようすが見られるようになっています。
小さな花がたくさん咲いて、足下が「なにやらゆかし」の世界なので、注意。思わぬところにスミレが咲いていたりしますから。
マメに観察して話題にしていきます!! 更新再開です。

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2008年10月28日 (火)

こどもを大切にする心

少子が問題になっています。

子供を大切にしない社会なのだからしかたがないようにも思えます。

Dscn9894_ssr子供を大切にしないということは、ほかの人を大切にしないことと通じていると思います。

それが頑強な男であろうが、年老いた女性であろうが、大切にされていないと感じる人のいる社会では、きっと、少子は「しかたがない」ことになってしまうと思います。

「経済の世界で会社が発展すると、その会社の社員は豊かになれる。だから、まずは、会社が順調に発展するように、努力を続けよう。発展を達成するまでは多少の我慢は仕方がない。」などというのは、社員を大切にしている会社の言葉ではないと思います。

最近の経済社会が「信用」で動いていて、その「信用」が揺らいだから、世界中が大騒ぎしています。

そもそも、昨日と今日とで価値の大幅に変化する「お金」を基準にして物の価値を測ろうとすること自体が間違っていると思います。目盛りがふらふら変化するものさしで長さや重さを測ったとき、その値を信用できますか?

でも、さて、そんな話を私たちの日常生活とは別の世界の話のように感じている人は、すくなくとも私の周りには、多いように思います。私たちの大切なものの価値は、最近の経済の浮き沈みとはまったく関係のないところで、しっかりと維持されていると感じます。

世界経済を否定する気はありませんが、別の、しっかりした基準を持つ社会がなければ私たちは安心して生きていけないのではないでしょうか。そういう意味では、世界経済から一番遠い農村の一隅に住んでいて、「毎年、変わり映えのしない生活」を続けている私たちには、普遍的な価値観が在るし、それは自然に密着した生き方をしている限り持続するのでしょう。そういうところこそ、実は、子供が育つ環境として最も適しているのに違いありません。

都市在住の人が不安定な価値観から遠ざかろうとして、農村に住むことを選択する、そういう世の中に大きく変わろうとしているような気がしています。

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2008年10月 8日 (水)

地域の木質バイオマスの活用

木の資源を有効利用する方法が模索されていますが、小さく刻んだものを押し固めて小さな円柱状にした「ペレット」もそのひとつとして製作と利用が試行から実用にむけて試されています。

Dscn9793_ss 直径は6mmか8mmで、特に規模が大きければ8mmが使われるということでした。圧縮されているので燃えつくとあとは次々と燃え続け、ころころと動くのでタンクから自然に供給されて操作が楽です。

ガスの炎に慣れた若者の目には、青ではなくあかあかと炎を上げるストーブは、珍しいかもしれませんね。もちろん、年配の方は焚き火の経験や教室のストーブを思い出すと思います。なんだか、炎は人の心を和ませる力が有るようで、地域のエネルギーをその地域で有効利用することができるのなら、こういう選択肢も検討の余地があると思います。

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2008年9月23日 (火)

水の中を覗き込む

川の水を岸から眺めていると、水面には空が写っていて、水の中はなかなか見えません。

釣りの好きな人は水辺に出かけますが、しかけを使いながら「見えない魚との駆け引き」を楽しむのだそうです。つまり、水の中は、やはり、直接見ていない。

水の中を覗き込む機会は、私が悪ガキだった頃には日常的な事でした。それが夏休みの日課だったのです。そのままだと、波が邪魔をしてゆらゆらゆれて細かいところは見えにくい。もちろん、すばやく泳ぐ魚はすぐに視界から外れていくし、底にいる魚は保護色でじっとしているからなかなか見つかりません。- それを見つけるのが喜びでもあるのですが。

Dscn9489_pss 最近の子供は川を「危ないところ」と教えられますから、なかなか近づけません。機会そのものが失われているのです。でも、川には生き物がいます。行けば出会うことができ、相変わらずの様子で迎えてくれるはずです。

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2008年9月22日 (月)

川の中の生き物たち

川は水が流れるところ。というのは常識ですが、考えようによっては豊かな生き物の棲息場所ですね。

Dscn9509_ss これはとても大切なことです。都市だけでなく、農村でも、いわゆる「豊かな自然」は、探さないと見つからなくなっているからです。人間の意図に従わない自然の生き物は「邪魔者」として、除草剤や殺虫剤がひそかに多用され、無機的な景観要素が増えているのです。

Dscn9546_ss その点、川はほとんどの人々の生活から切り離されていて、「身近に在りながら近づかないエコトープ」であると思うのです。もちろん、都市の川より農村の川のほうが豊かだと思います。でも、川の水辺には美しい自然が息づいています。大切にできるような社会的環境が次第に整備されるよう、努力を続けたいと思います。

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2008年4月21日 (月)

豚の~ドナドナ~

Dscn6425_ss昨日、放牧場から豚を出してトラックまで道路を追っていきました。

1日後には屠殺されるわけですが、懸命に歩いていました。

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2008年4月17日 (木)

うー、空けてしまった

またまた長いトンネルでした。

元気だったのですが、目の前のことに追われていました。ま、年度末と年度初めが忙しいのは世界中の傾向でしょうけれど、年度が4月から始まるわが国ではこの時期になるんですね。

さて、以前にも書いていました「ドングリ豚」ですが、2月の後半からドングリを20%入れた餌をやっていましたが、いよいよ、先月から順次屠殺に出し、肉を受け取って試食する段階に入っています。これが、おいしいのです!

個人的な意見と多くの人々の意見がほとんどブレずに一致しているので、間違いないと思います。肉に香りがあり、独特の豚らしい臭みが感じられないというのが最初の感想です。そして、脂身がギトギトしていなくて、あっさりしていて脂身を食べてもおいしい。脂身だけでも食べられるほどです。

プロジェクトの関係者による試食会はホテルのシェフが料理して下さるので、一流のフランス料理になったりして、この肉本来の良さがかえってわかりにくいという感想も聞かれましたが、その辺は仕方がないと思っています。でも、われわれ、直接関わっている者が自己流で食べたシンプルな料理では、「肉そのものがすこぶるおいしい」と確信しました。

まだまだ、実践段階までに解決しなければならない疑問もたくさんあり、そこがもどかしいともいえますが、それが身上でもありますから、一般の人はもう少しお待ちください。

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