こどもを大切にする心
少子が問題になっています。
子供を大切にしない社会なのだからしかたがないようにも思えます。
子供を大切にしないということは、ほかの人を大切にしないことと通じていると思います。
それが頑強な男であろうが、年老いた女性であろうが、大切にされていないと感じる人のいる社会では、きっと、少子は「しかたがない」ことになってしまうと思います。
「経済の世界で会社が発展すると、その会社の社員は豊かになれる。だから、まずは、会社が順調に発展するように、努力を続けよう。発展を達成するまでは多少の我慢は仕方がない。」などというのは、社員を大切にしている会社の言葉ではないと思います。
最近の経済社会が「信用」で動いていて、その「信用」が揺らいだから、世界中が大騒ぎしています。
そもそも、昨日と今日とで価値の大幅に変化する「お金」を基準にして物の価値を測ろうとすること自体が間違っていると思います。目盛りがふらふら変化するものさしで長さや重さを測ったとき、その値を信用できますか?
でも、さて、そんな話を私たちの日常生活とは別の世界の話のように感じている人は、すくなくとも私の周りには、多いように思います。私たちの大切なものの価値は、最近の経済の浮き沈みとはまったく関係のないところで、しっかりと維持されていると感じます。
世界経済を否定する気はありませんが、別の、しっかりした基準を持つ社会がなければ私たちは安心して生きていけないのではないでしょうか。そういう意味では、世界経済から一番遠い農村の一隅に住んでいて、「毎年、変わり映えのしない生活」を続けている私たちには、普遍的な価値観が在るし、それは自然に密着した生き方をしている限り持続するのでしょう。そういうところこそ、実は、子供が育つ環境として最も適しているのに違いありません。
都市在住の人が不安定な価値観から遠ざかろうとして、農村に住むことを選択する、そういう世の中に大きく変わろうとしているような気がしています。
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